話しの置き場

話したことの覚え書き

通夜に臨むお話し

 

亡くなられた日の枕経から始まり、このお通夜、明日の葬儀と幾つものお経が続きます。昔は棺に納める時、棺を運び出す時、葬列を組んで運ぶ最中、そしてお寺での式、それから火葬、収骨と、1日をかけてひとつづつお経を読み供養しながら故人を送っていました。今は列を作って歩いくこともありませんし、葬儀の時間は1時間ほどで終わります。動きは省略されましたけれども、お経は変わらずひとつひとつお唱えをします。

明日の式では初めに懺悔の言葉を故人に変わりお唱えします。生きていれば悔いる事や過ちもあるもの。それを懺悔し自らを清める。そして、仏様に帰依するお唱えをします。仏様の弟子となりあの世へと旅だって行きます。葬儀が終われば火葬に伏されます。このお通夜は夜を通すと書くように、せめてその前の最後の夜は一晩中側にいてあげたいという温かい思いから生まれたものです。

故人が亡くなられて間もない中、葬儀の手配などもあり大変ではありますが、お経の間は一心に故人の冥福をお祈りください。

 

 

私の父はお坊さんの中でも布教師という役を担っていました。お坊さんは誰でも大なり小なりお話をします。布教師は特にお釈迦様の教えを広げる活動をする者です。

修行を終えてお坊さんになり数年。まだ話しをするのも勉強しているところではありますが、親と子は自然に似るもののようで気がつくと同じように教えの話しをしています。私はまだ話す経験が少ないので、実は皆さんにお話しするのもけっこう勇気がいります。

その自分を支える勇気や自信がどこから生まれるのかを考えてみると、ひとつが父が布教師をしていたこと。振り返ってみると、知らず受け継いだのは、お釈迦様の教えを伝えるという気持ち。その思いを受け継いでいることが背中を押してくれます。ふたつ目に数年ではありますが学び、考えた自分自身の経験が自分を信じさせてくれます。そしてお釈迦様から伝わってきた教え。お坊さんの話しは話し自体は分かりやすい様に自分達で考えるのですが、その伝える内容はお釈迦様の説いた教えです。お釈迦様から2600年程前の人です。その深い歴史がまた支えとなります。

日本の文化の根底には繋がりがあります。過去と今、今と未来の繋がり。親と子、おじいちゃん、おばちゃん、親と自分の繋がり。自分と子や孫の繋がり。その繋がりが広がって発展していくのが、日本の和の精神です。

この通夜とお葬式の中で、皆さんそれぞれの故人との繋がりを改めて見つめていただき、故人の最後を感謝と共に冥福を祈り温かく送ってあげていただきたいと思います。

 

お葬式にはいろいろな作法があります。作法は元々、相手を思いやる気持ちを形にしたものです。お経はお坊さんがお唱えしますけれども、皆さんも合掌や焼香の作法に思いを込めてご供養ください。

合掌は指を揃えて、指先が鼻の高さくらいで手を合わせるのが美しい形になります。焼香はお坊さんは普段2回づつ焼香しますけれども、お葬式の時には、この喪を繰り返さぬ様にという意味と、一筋のお香の煙に託して真っ直ぐに成仏できる様にという思いから1回だけお香を焚きます。手を合わせ、ひとつまみしたら、額のあたりで両手で念じ、思いを込めてから焚きます。そしてもう一度手を合わせる。これが合掌、焼香の作法です。そしてこの時には一度、真っ直ぐに故人の写真や位牌を見て行ってください。